寒風吹きつける12月初旬の海辺、
老漁師・源蔵はいつものように刺し網を引いていた。
その日は妙に寒さが身に染み、網を揚げる手も重たかった。
海の色も曇天を映して鈍い灰色。そんな暗い海の中から顔を出したのは、一尾の美しく輝く魚だった。
銀色の鱗に鮮やかな模様が浮かび上がる、まるで最新モードの着こなす様な魚は「オシャレコショウダイ」と呼ばれる珍しいものだった。
「珍客だな…」
源蔵は網の魚を整理する中で、その魚を眺めながら漠然とした思いを巡らせた。
「コショウダイ・・・コショウか。
胡椒効かせて食べるとするか・・・」
あれから数週間が過ぎ
年末恒例の「競輪グランプリ」が近づいてきた。
競輪場のあるこの町ではその話題が絶えなかった。
源蔵も若い頃はギャンブル好きで、競輪場に足を運ぶのが楽しみだった。
12月30日、テレビでは「競輪グランプリ」が放送されていた。
解説者が叫ぶ。
「古性優作が抜け出した!ゴールイン!」
その名を聞いた瞬間、源蔵は先日の魚を思い出した。
「オシャレコショウダイ……まさか!」。
「推しやで、古性だい!」
魚が未来を予言していたのだった。
古性選手の優勝が決まった瞬間、源蔵は立ち上がり、拍手を送った。
そして年末の海は静かだった。
魚市場は休場となり、昨日の興奮も冷め、年の瀬と言うにふさわしいほど静かな日常だった。
「所詮、魚も予想も一時の夢よ」と源蔵はつぶやく。
手には来年の魚市場のカレンダーが握られていた。
波間に希望を託し、また新たな一年が始まる。
「この海も競輪も、波があるのが醍醐味さ」。
そう言って源蔵は、カレンダーに競輪の日程を書き込むのだった。
.