「おとなは、だれも、はじめは子どもだった。(しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない。)」
あの忘れがたい物語の冒頭に記された真実を、今朝の小田原が証明してみせた。
誰もが知る「マグロ」という名の巨星。
彼らもまた、かつては「メジ」と呼ばれる子どもだった。
今、小田原の沿岸を埋め尽くす無数の「メジマグロ」たち。
サン=テグジュペリの言葉を借りるなら、それは夜空に瞬く「五億の鈴」であり、この海に降り注いだ「五億の命」に他ならない。
そして今朝。
昨日、豊洲を赤く染めた熱狂が、一日遅れの満を持して、ここ小田原にも降り立った。
現れたのは、一頭の巨大な沈黙。
まるで腹にゾウを飲み込んだウワバミかと思わせる巨体。
「岩」の海が静かに差し出した、177キロという圧倒的な重力。
いや、それは喝采というよりも、大気そのものが震えるような驚嘆だった。
「岩が、またやってくれた」と。
「漁師は五億のマグロを持つし、魚市場は五億の箱を用意することになる」
足元を見れば、数えきれないほどの2〜3キロの「メジ」たちが、まるで天からこぼれ落ちた星屑のように魚市場の床を埋め尽くしている。
一本の巨星と、五億の輝き。
魚市場を歩く人々は「マグロ」という星々の間を縫うように彷徨い、冬の朝の冷気を熱気に変えていく。
王子さまは言った。
「砂漠が美しいのは、どこかに井戸をひとつ隠しているからだ」
ならば、今朝の魚市場がこれほどまでに美しいのは、その喧噪のどこかに五億の物語を秘めた静かな海を隠しているからに違いない。
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