2007年11月30日
小田原の地魚
小田原魚市場で取り扱われる鮮魚の紹介です。
すべて小田原魚市場及び、相模湾沿岸の近隣
漁港にて水揚げされた魚です。
春から冬へと季節ごとに並べてみました。
同じく取り扱いの活魚および、
セリ風景も紹介いたします。
※高画質ヴァージョン(35MB)のダウンロードはこちら!
小田原魚市場の沿革
古くから、小田原は近海に天然の漁場を持つ地域として、早川から酒匂川にかけて漁業が盛んでした。
室町時代、今の浜町にあたるところに船方村という漁村が起こったのが、小田原の漁業の発祥といわれています。北条時代、船方村に領主の保護のもと魚座という同業組合が生まれ、漁業およびその商いが活発に行われました。
江戸中期には魚座の名主や座員の家が80軒にも及んだといわれ、本町には魚座の商人たちが魚市を開く市場横丁が形成され、かなりの賑いを見せていました。この頃には魚の売買を専門とする問屋も多く生まれ、近隣の漁村の漁業者とも直接取引をし、力をつけてきました。
幕末から維新にかけて社会が急激に変動してきたため、問屋はその商権を維持することが次第に難しくなり、維新の頃には自営の市場を持つ問屋の数は4軒に、そして明治後期には3軒になってしまいました。
明治40年3月、3軒のうちの1軒の商権ならびに施設のすべての譲渡を受け、株式会社小田原魚市場は資本金10万円で設立、創業を始め、初代社長に鈴木善左衛門が就くことになりました。大正11年12月、さらに他の2軒の魚市場を合併し、今までの複数市場から単数の市場となり、これは現在まで続いています。
昭和18年、戦時物価統制令の発令に対応していくため、漁業部門を分離独立して、相海漁業経営組合を設立し、従来の小田原魚市場は流通部門へとそれぞれ専門化して経営に当たることになりました。
昭和25年、小田原市は早川に漁港の建設を決定し、18年の歳月と11億円余を費やし、昭和43年3月に現在の早川港を完成させました。その後、在籍船の増加、大型化にともない、昭和44年から隣接地に新港の建設に着手し、総事業費18億円を投下して昭和56年3月完成、第3種漁港の指定を受けました。
小田原市は本港の建設と平行して水揚岸壁およびその後背地に卸売市場を建設しました。株式会社小田原魚市場は市場の開設と同時に入場し、水揚地に整備された市場という特性を生かし、現在、神奈川県西湘地域における消費地市場として水産物の安全供給と地域社会の発展に努めております。
室町時代、今の浜町にあたるところに船方村という漁村が起こったのが、小田原の漁業の発祥といわれています。北条時代、船方村に領主の保護のもと魚座という同業組合が生まれ、漁業およびその商いが活発に行われました。
江戸中期には魚座の名主や座員の家が80軒にも及んだといわれ、本町には魚座の商人たちが魚市を開く市場横丁が形成され、かなりの賑いを見せていました。この頃には魚の売買を専門とする問屋も多く生まれ、近隣の漁村の漁業者とも直接取引をし、力をつけてきました。
幕末から維新にかけて社会が急激に変動してきたため、問屋はその商権を維持することが次第に難しくなり、維新の頃には自営の市場を持つ問屋の数は4軒に、そして明治後期には3軒になってしまいました。
明治40年3月、3軒のうちの1軒の商権ならびに施設のすべての譲渡を受け、株式会社小田原魚市場は資本金10万円で設立、創業を始め、初代社長に鈴木善左衛門が就くことになりました。大正11年12月、さらに他の2軒の魚市場を合併し、今までの複数市場から単数の市場となり、これは現在まで続いています。
昭和18年、戦時物価統制令の発令に対応していくため、漁業部門を分離独立して、相海漁業経営組合を設立し、従来の小田原魚市場は流通部門へとそれぞれ専門化して経営に当たることになりました。
昭和25年、小田原市は早川に漁港の建設を決定し、18年の歳月と11億円余を費やし、昭和43年3月に現在の早川港を完成させました。その後、在籍船の増加、大型化にともない、昭和44年から隣接地に新港の建設に着手し、総事業費18億円を投下して昭和56年3月完成、第3種漁港の指定を受けました。
小田原市は本港の建設と平行して水揚岸壁およびその後背地に卸売市場を建設しました。株式会社小田原魚市場は市場の開設と同時に入場し、水揚地に整備された市場という特性を生かし、現在、神奈川県西湘地域における消費地市場として水産物の安全供給と地域社会の発展に努めております。
ラベル:会社情報
小田原魚市場のあゆみ
明治40年 3月 資本金10万円を以って、株式会社小田原魚市場発足
大正11年12月 両山田魚市場と合併、鰤定置網、その他
の漁業をも経営
昭和18年 2月 漁業部門を分離独立して、相海漁業経営
組合を設立
昭和19年 6月 『神奈川県鮮魚介出荷統制機構整備要綱』
に基づき、市場を神奈川県水産業会
に移譲、社名を小田原水産興業株式
会社と改称
昭和24年 1月 統制解除とともに市場権の返還を受け、
従前の株式会社小田原魚市場に還り、
市場権を継続して経営
昭和25年10月 小田原市早川に小田原漁港建設開始
昭和41年 9月 将来の業界発展の為、関係者と協議し、
資本金4,000万円を以って共同
冷蔵株式会社を設立。
当会社は1,500万円出資
昭和43年 2月 小田原市早川に小田原漁港及び水揚
岸壁が建設され、小田原市による
魚市場の開設に伴い、当会社は
認可を受けて幸町から移転、入場
し従前の業務を継続
昭和47年11月 卸売市場法改定に伴い、小田原魚市場
は小田原市公設水産地方卸売市場
と改称、当社は卸売会社として
業務を継続
昭和55年11月 資本金9,000万円に増資
昭和63年 5月 小田原漁港岸壁に全自動製氷工場を建設
平成 元年10月 流通の多様化に対応する為、場外に
加工施設を併設した低温流通センター
として株式会社中央食品を設立
平成18年 3月 マグロ売場低温施設を竣工
大正11年12月 両山田魚市場と合併、鰤定置網、その他
の漁業をも経営
昭和18年 2月 漁業部門を分離独立して、相海漁業経営
組合を設立
昭和19年 6月 『神奈川県鮮魚介出荷統制機構整備要綱』
に基づき、市場を神奈川県水産業会
に移譲、社名を小田原水産興業株式
会社と改称
昭和24年 1月 統制解除とともに市場権の返還を受け、
従前の株式会社小田原魚市場に還り、
市場権を継続して経営
昭和25年10月 小田原市早川に小田原漁港建設開始
昭和41年 9月 将来の業界発展の為、関係者と協議し、
資本金4,000万円を以って共同
冷蔵株式会社を設立。
当会社は1,500万円出資
昭和43年 2月 小田原市早川に小田原漁港及び水揚
岸壁が建設され、小田原市による
魚市場の開設に伴い、当会社は
認可を受けて幸町から移転、入場
し従前の業務を継続
昭和47年11月 卸売市場法改定に伴い、小田原魚市場
は小田原市公設水産地方卸売市場
と改称、当社は卸売会社として
業務を継続
昭和55年11月 資本金9,000万円に増資
昭和63年 5月 小田原漁港岸壁に全自動製氷工場を建設
平成 元年10月 流通の多様化に対応する為、場外に
加工施設を併設した低温流通センター
として株式会社中央食品を設立
平成18年 3月 マグロ売場低温施設を竣工
2007年11月29日
会社概要
小田原市公設水産地方卸売市場
会社名 : 株式会社 小田原魚市場
所在地 : 神奈川県 小田原市早川1−10−1
設 立 : 明治40年3月10日
資本金 : 9,000万円
役職員 : 役員 10名 社員 59名
取扱高 : 97億円 (平成20年度)
事業内容: 水産物全般、冷凍食品及びその他加工品の卸売
前記に附帯する冷蔵、製氷、その他の業務
仕入先 : 小田原市漁協、他地元定置、伊東市漁協、他地区外定置、日本水産、ニチレイ、極洋、マルハニチロ、宝幸、東洋水産、紀文、サンヨー堂、味の素、テーブルマーク、日清製粉、伏見蒲鉾、その他全国各地、生産者及び出荷業者 ほか
主たる販売先 : 一般鮮魚店、専門店、業務向卸売業者、量販店 その他
卸売市場面積: 15,010平方メートル
(卸売場面積: 3,160平方メートル)
供給対象人口: 約55万人 (3市9町)
買受人 : 241人 買受人補助者: 364人
買出人 : 207人 合 計 : 812人
社内施設 : 製氷工場 (昭和63年5月完成)
設備概要
製氷能力 日/20トン
貯氷能力 60トン
砕氷搬送能力 時/30トン 陸積、船積、袋詰
小田原魚市場水産会館 (平成12年2月完成)
1F 飲食店、蒲鉾店、八百屋、包装材料、玉子屋等
2F 事務所及び多目的ホール
会社名 : 株式会社 小田原魚市場
所在地 : 神奈川県 小田原市早川1−10−1
設 立 : 明治40年3月10日
資本金 : 9,000万円
役職員 : 役員 10名 社員 59名
取扱高 : 97億円 (平成20年度)
事業内容: 水産物全般、冷凍食品及びその他加工品の卸売
前記に附帯する冷蔵、製氷、その他の業務
仕入先 : 小田原市漁協、他地元定置、伊東市漁協、他地区外定置、日本水産、ニチレイ、極洋、マルハニチロ、宝幸、東洋水産、紀文、サンヨー堂、味の素、テーブルマーク、日清製粉、伏見蒲鉾、その他全国各地、生産者及び出荷業者 ほか
主たる販売先 : 一般鮮魚店、専門店、業務向卸売業者、量販店 その他
卸売市場面積: 15,010平方メートル
(卸売場面積: 3,160平方メートル)
供給対象人口: 約55万人 (3市9町)
買受人 : 241人 買受人補助者: 364人
買出人 : 207人 合 計 : 812人
社内施設 : 製氷工場 (昭和63年5月完成)
設備概要
製氷能力 日/20トン
貯氷能力 60トン
砕氷搬送能力 時/30トン 陸積、船積、袋詰
小田原魚市場水産会館 (平成12年2月完成)
1F 飲食店、蒲鉾店、八百屋、包装材料、玉子屋等
2F 事務所及び多目的ホール
平成22年3月3日(水)更新
ラベル:会社情報
ごあいさつ
株式会社小田原魚市場は、神奈川県西部にあって県西地区の拠点市場と位置付けられております。
豊富な魚種と1年を通じて漁獲のある、全国でも有数な相模湾にあって、地元定置網の魚ばかりではなく、真鶴、伊東方面などの伊豆半島や二宮、大磯、平塚などの周辺の漁場からも毎日魚が集まってまいります。又、地理的に見ても要衝の地であり西湘バイパスや厚木バイパス(東名高速直結)の出入口がすぐそばにあり、物の流通には適した場所にあります。
しかしながら、どこの市場もそうなのですが、消費低迷による単価安に始まって、食生活の変化等、市場を取り巻く経済環境は、大きな変化をしてきております。この状況に対しては、周辺市場や場外流通との競争を勝ち抜くべく社員の意識改革をすることが大切だと思います。
『自分の頭と責任で動ける様に社員教育をして、人間的な組織力を付ける』
『お客様の顔を見なければ、商売は出来ない』、時間を作って出掛けることを心掛ける。
そうすれば、当社は、立地と環境に恵まれており時代に合った商売をすることによって、業績は必ず伸びると思っております。
そして今、地元の定置網などで大量に獲れた魚を集めて計画的に出荷したり養殖の魚を入れておく生け簀を建設中です。また、水揚から加工までして一部即売もし、物流に対しても、夜、一次加工もしくは、二次加工までして出荷することも検討中です。
この様に、進取の精神を持って新しい事に取り組んでいくことが大切だと思います。
ラベル:社内組織